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D悲しい思いをさせたね

ごめんね、悲しい思いをさせたね

今朝(10月27日)の産経妙を読んでいて、台湾の女優、ビビアン・スーさんに悲しい思いをさせたと感じた。
これまでの台湾と日本との関係を考えれば、彼女もこんな待遇を受けるとは考えてもいなかっただろう。

まずはその記事から





台湾の女優、ビビアン・スーさんが「きのうの私はすごくきれいだったのに…」と舞台あいさつで涙ぐんだ。東京国際映画祭の開会式で呼び物になっているグリーンカーペットを歩いての顔見せに参加できなかったのである。邪魔をしたのはもちろん、あの国である。

 ▼中国側が、難癖をつけたのはパンフレットの表記。「台湾」を「中国台湾」と変えよ、と開会式直前になって言い出した。あげくの果てには尖閣問題を持ち出して“ミニ反日デモ”を持ちかけたが、台湾側が断ったのは立派だった。 

▼結局、台湾は開会式に出席できなかったが、立派でなかったのは、日本の映画関係者である。なぜ、主催者や監督、俳優の誰一人として彼女らをグリーンカーペットに引っ張り出さなかったのだろう。中国市場から締め出されるのを恐れて黙っていたのなら、夢を売るのが商売の映画人たる資格はない。 

▼中国には言論の自由はない。そんな国でデモをするのは、文字通り決死の覚悟が必要だが、反日デモは例外だった。共産党にとって若者が愛国心に燃え、「小日本打倒」と叫んでくれるのは、一種のガス抜きになり、何より対日カードとして使えたからだ。

 ▼きのうも重慶市内で1千人規模のデモが行われたが、どんどんやってくれた方がいい。「日貨排斥」といっても安月給の彼らには、高い日本製のテレビや車はもともと手が届かない。心ある日本人が中国製品を買わなくなるだけの話だ。

 ▼デモの効用はまだある。「愛国無罪」のはずの行為を当局が厳しく取り締まるほど、共産党のご都合主義と自由のありがたみが身にしみてわかるだろう。ひょっとしたら女性の涙とデモがあの国を変えるかもしれない。




同じデモをするのでも社会主義の国と日本では勝手が違う。にもかかわらず、抗日だけが大きく取り上げられるのは中国にとって国益につながるからだ。
また、文化の繁栄の裏側にはこうした国力(外交力、経済力、防衛力)も不可欠なのではないのかと感じる。
「文化に国境はない」と言うのであるのならば、こんな時にこそ彼女の手を取ってグリーンカーペットの上へと導いて同じ映画の制作者同士として参加してもらうのが仲間というものではないのかと思う。


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8月15日の終戦記念日であるが、あの時無条件降伏を受け容れることを宣言した玉音放送は、国外の地に住む日本の民間人にとって武装解除命令であり、無抵抗で敵軍に降伏せよとの通告だった。もちろん、軍人だけではない。女子供などを含む多くの民間人がいたのだ。
その後、内蒙古の日本人が帰国するのを助けてくれた蒋介石への、国民軍への恩義を返すため、小さな船で宮崎から出航するという主人公の根本 博たちの歴史を考えるとここにも「つながり」を失った、「事なかれ主義」の現代を感じる今日この頃なのだ。
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D道路より住宅事情

同じ感覚


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今月の正論を読んでいて、面白い記事を見つけた。

家族崩壊の深層
それは「2DK公団住宅」から始まった

日本会議専任研究員 江崎道朗

この中で、戦後多くの人たちが家を失って、社宅や公団住宅というところに住居を移した。その時に家に神棚や仏壇がなくなった事が精神構造に大きく影響をしているという。

日々、まずご飯を焚き、お供えして、お茶を入れ、水を替えて線香を上げて手を合わせる。

たったそれだけの事だが、朝はご飯を食べ、味噌汁を飲みという生活になってくる。(ここでも言っておくが、仏壇を用意しろとか神棚を備えろと言っているわけではないし、宗教をどうとか言っているわけではない。)しかし、この生活が変わると何が違ってくるのかと言えば、何か事があった時、精神的に不安定になったとかじっと自分の内なる声に耳を傾けてみる事がなくなる。場が無くなるといっていいと思う。
客が来て、持参してくれたお土産は仏壇に上げてからいただく。さして、とりとめのない行為である。馴れないうちは面倒くさく感じるのかも知れない。しかし、それだけで"つながっている"という自分の認識が大きくなっていくのではないかと思う。

ことあるたびに神棚や仏壇に手を合わせ、ご先祖様に感謝するという生活習慣がこんな大きなことにつながるとは…。


占領下のGHQもその様に感じたらしく、地域共同体が国体につながったのではないかということから生活習慣や年中行事などの家風を継承できないようにしていく。そうすることで個人優先の人生観や生活スタイルを生み出していくようになると考えたのであるとしている。
親子の断絶や世代断絶は自然に生まれたものではなく、住宅事情から生み出されたものだといって過言ではない。

昨今は、高齢者行方不明問題や家庭内の虐待もこうした日々の関わりから来るのかもしれない。また、古い日本の家屋は接客を重視している。地域社会との関係が深い過程があれば、恐らく起こらなかったはずだ。


先日、我が家の庭にぶどうが出来た。
今年はご近所の方が葡萄棚を作ってくださったので、例年と違って伸びると切る、電線に絡んでそのうちに電力会社やNTT苦情がくるのではないかと思い、つるが伸びると切るという作業がなくて済んだ。その上にこの猛暑、ぶどうは元気に伸びてくれたのと、何といっても棚の下や庭は涼しかった。その分、蚊が…(泣)

もともと暑さ対策のためもあってコンクリートを増やさないように庭は土のままにしている。
たしかに靴は汚れるし、泥が…、水溜りが…。しかし、土を見る事で暑さがしのげるように感じた夏だった。今流行のグリーンカーテンだ。

そこで、日頃から交流のあるママと赤ちゃんに遊びにきてもらった。我が家で簡単ぶどう狩りとしゃれ込んだ。

その時、サンルームを改良して縁側代わりに使用したのだが、汚しても土が入り込んでも大丈夫な場所だ。
こうすれば遠慮なく、遊んでもらうことが出来る。石ころを持ち込んでも、土のついたお花を持ち込んでも、はては虫を持ち込んでも大丈夫なようにと思ったのだ。
実際にはとてもお利口さんで、そんな悪い(?)想定したをしたことはなく、ご飯を食べてお茶を飲んで、おしゃべりして、おむつを替えられて、そんな場所になってくれた。勿論雨除けにもなった。

子供にとってもこちらがその様に考えているからだろうか、そして広く庭に解放されているためもあるからなのか食が進んでとてもたくさん食べてくれた。ピクニックなどに出かけた時に開放感から食が進むことがあるようにだ。

昔の住宅にはこうした縁側があったり、炉端があったりと地域の方々とのコミュニケーションを取れる場所が多かった。その人、その時によって、縁側であったり、炉端であったり、座敷であったりと、はたまた土間であったりしたのだが、どんどんこうした場所が各戸になくなった。日本的な住宅はそれだけで金がかかるようになったのだ。

このために地域との交流は、新たに公民館やコミュニティセンターというところに移っていったのだが、それはそれで使い勝手が違う。というよりも、コミュニティーセンターや公民館は完全に"公"の場所である。
人を招くという事、家の中を見せるというのにはそれなりの覚悟と気遣いが必要になる。ピノコッペなどもそうだ。最も嫌なのは、雑然とした本の数々を見られることが何より苦に思う。そこで、この縁側兼サンルームは、公になる前の、「住宅の中の里山」(笑)としての役割を充分に発揮してくれた。
ご近所付き合いにこうした場がなくなったのだ。


住宅の中にある里山や仏壇はひょっとするとそんな人との、そして、過去と未来の心のコミュニケーションにもつながっているのかもしれないと感じた今日この頃なのだ。





D引き受けていきる

大好きな散歩道



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お天気のいい日などちょっと遠くまで出かける散歩道。
その途中にこんな慰霊碑がある。

かつての戦争でこの地域からも多くの方が出征され亡くなられただろう。その慰霊碑の前を通るときに思わず『ありがとう!』という言葉が浮かぶ。
未だにお花を手向けてくださっている方がいて、線香台も置かれて線香もあげられている。

よくはわからない。
どちらに対する『ありがとう』なのかも…。

しかし、この方たちの命をもってしたから今があるのだと思うと、そしてこの国があり、地域があるのだと思うと、心が温かくなって『つながっている』と思うのだ。

先日、池部 良さんが亡くなられた。

ピノコッペは、高倉健ファンだから馴染み深い。もちろん、「青い山脈」世代ではないですよ。
「昭和残侠伝」だって、ビデオですよ。言っておきますけどね。フフ、全巻、見ましたよ。いいねぇ。
そして、お二人が出ている最も好きな映画といえば、"冬の華"
池上 季実子さんのデビュー作だ。すごくかわいいの。いいね、いいね。
池部 良さんは最初の1シーンしか出てこないんだけど、形がいいね。フフフ!
(あー、こんな映画が好きだなんて表明するから、ややこしいことになるんだよね。悲しいー!)

そこで、本日10月13日の産経新聞の産経妙が池部 良さんへの追悼の記事になっていたので、ご紹介。
また、朝から「フフフ!」って微笑ませていただきました。




映画「青い山脈」が封切られたのは61年も前の話だから、池部良さんといえば、「昭和残侠伝」シリーズの風間重吉を思い浮かべる読者の方が多いかもしれない。単身、敵のやくざに殴り込む高倉健に「ご一緒、願います」と番傘をさしかけ(なぜか雪が降っている)、壮絶な最期を迎える。

 ▼次回には、役名も同じ重吉としてよみがえり、シリーズは計9本つくられたが、当初、池部さんは出演を断っている。日本映画俳優協会のリーダーとして暴力団との絶縁を宣言したばかりで、やくざ役は具合が悪かった。

 ▼それでも引き受けたのは、祇園の旅館に押しかけてきた名物プロデューサーの「高倉を池部はんのお力で男にしてやってもらえまへんやろか」という声涙倶(とも)に下る説得に感じ入ったからだという。その場面は、彼自身が書いている。

 ▼池部さんは、エッセイストとしても一流だった。監督になるつもりで東宝に入社したが、召集され、南洋の孤島で米軍の爆撃と飢餓に苛(さいな)まれながら終戦を迎える。エッセーは、戦争体験にユーモアの衣をまとわせ、からりと揚げた味わいのものが多い。

 ▼あるとき、80歳近い大学の後輩が血を吐き、「遺書」が息子から速達で送られてきた。戦没学生の慰霊碑を母校に建てようとしたら「戦没者は、戦争加害者であり平和を願う大学の理念に背く」と断られた、先輩も大学当局を糾弾してほしい、と。

 ▼血を吐いた後輩はがんではなく、魚の骨が刺さっただけで、すぐ電話がかかってきたという落ちにしている(「ああ戦没学生」)が、こんな大学が東京六大学のひとつかと思うと悲しくなる。エッセーという池部さんが遺したドスは死後も錆(さ)び付いていない。




心から池部 良さんのご冥福をお祈りすると共に素敵な映画の数々をありがとうございました。

そして、うーん、このドスは錆びさせちゃいけないよと思う今日この頃なのだ。

D布ナプキン講座開催します

第4回になった布ナプキン講座

nunonapukin_02_convert_20101011132412.jpg


昨年12月から開催してきた布ナプキン講座も第4回になった。
第一回は、お産の現場から
第二回は、漢方の視点から
第三回は、鍼灸の視点から
と題して"カラダの冷えについて"をテーマにそれぞれWSを開催してきた。

そもそも、三砂 ちづる女史の『オニババ化する女たち』という本を以前紹介したのだが、

産みたい人はあたためて (家族で読めるfamily book series―たちまちわかる最新時事解説)産みたい人はあたためて (家族で読めるfamily book series―たちまちわかる最新時事解説)
(2009/10/23)
三砂 ちづる

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この本が基点だ。
また三砂 ちづる女史は「おむつなし育児」を提唱しておられ、これも朝日新聞や産経新聞など多くの新聞が取り上げていた。

タッチハンガー がんばり続けてなお、満たされないあなたへタッチハンガー がんばり続けてなお、満たされないあなたへ
(2009/03/26)
三砂 ちづる

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しかし保守は大胆

その中で、野田衆議院議員が50歳にして妊娠されたという報道があった。以前から事あるごとにおっしゃっていたのを聞いている。
うーん、すごい!

ご自身の不妊治療のご経験や高齢出産の現状など、何故日本では安全・安心なお産が出来にくいのかを語っていただきたいと思う。
まずは、元気な赤ちゃんの誕生を心からお祈りする今日この頃なのだ。

私は、産みたい私は、産みたい
(2004/12/02)
野田 聖子

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Dプロフィール

まきの しょうこ

Author:まきの しょうこ
http://tunagu-tumugu.com

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