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D尖閣問題を第二の北方領土にするな!

こういうときには発言していただかないと

正論に掲載してくれると思っていた。期待していた記事である。
24日午後の釈放は本当に耳を疑った。しかも、首相や官房長官が出てきての報道ではないことになお疑った。
『何をこの時期に那覇の地検が釈放だと…。不祥事との司法取引でもしたのか…』というのが率直な感想だった。

そして衆議院予算委員会の答弁はまるで答弁にならなかった。
質問時間が決まっているという事もあり、質問数を減らすことを目的にダラダラと何度も同じ言葉を並べてまるで答えになっていない。
まぁ、衆議院は今のところ責めようがないから、参議院で証人喚問でも要求してもらいたいと思っている。
早速産経新聞では、西尾幹二氏が産経新聞 正論に発言をしてくれた。
待ってました!






9月24日午後、中国人船長が処分保留のまま釈放される、との報を最初に聞いた日本国民は、一瞬、耳を疑うほどの驚愕(きょうがく)を覚えた人が多かったが、私も例外ではなく、耳を塞(ふさ)ぎたかった。日本政府は国内法に則(のっと)って粛々とことを進めると再三、公言していたわけだから、ここで中国の言い分を認めるのは自国の法律を否定し、自ら法治国家であるのをやめたことになる。尖閣海域は今日から中国領になるのだな、と思った。

 ◆アメリカ頼み、甘過ぎる

 まさか、中国もいきなり軍事侵攻してくるわけはあるまい、と大方の人が考えているが、私は、それは少し甘いのではないかと思っている。また、アメリカが日米安保条約に基づいて抑止してくれると信じている人も圧倒的に多いようだが、それは、さらに甘いのではないかと思っている。

 アメリカは常々、領土をめぐる他国の紛争には中立だとし、現状の実効支配を尊重すると言っている。だからブッシュ前政権が竹島を韓国領と認定したこともある。北方領土の範囲を最初に不明確に設定したのはアメリカで、日ソ間を永遠に不和のままに置くことが国益に適(かな)ったからだとされる。それが彼らの戦略思考である。

 クリントン米国務長官が23日の日米外相会談で尖閣に安保条約第5条が適用されると言ったのは、日本が実効支配している島だから当然で、それ以上の意味はない。侵略されれば、アメリカが直ちに武力行使するとは第5条には書かれていない。「自国の憲法上の規定及び手続に従って、共通の危険に対処するように行動する」と宣言しているだけだ。議会の承認を要するから、時間もかかるし、アメリカが「共通の危険」と思うかどうかは情勢次第である。
 だから、ジェームス・アワー元米国防総省日本部長は、日本が尖閣の主権を守る自らの決意を示さなければ、領土への正当性は得られず、竹島に対する日本の態度は悪い見本だと批判的である(9月24日付産経新聞朝刊)。

 言い換えれば、自衛隊が中国軍と一戦を交え、尖閣を死守するなら、アメリカはそれを精神的に応援し、事後承諾するだろう。しかし逆に、何もせず、中国に占領されたら、アメリカは中国の実効支配を承認することになるだけだろう。安保条約とは、その程度の約束である。日米首脳会談で、オバマ米大統領が尖閣を話題にしなかった冷淡さは、島嶼(とうしょ)部の領土争いに、米政府は関与しないという意思の再表明かもしれない。

 ◆善意に悪意でお返しされた

 そうであれば今回、わが国が、中国政府に対し何ら言論上の争いもせず、自国の固有領土たる理由をも世界に説明せず、さっさと白旗を揚げた対応は最悪で、第5条の適用を受ける資格が日本にないことをアメリカ政府に強く印象づける結果になっただろう。 
自分が善意で振る舞えば、他人も善意で応じてくれると信じる日本型ムラ社会の論理が国境を越えれば通用しないことは、近ごろ海外旅行をする国民には周知だ。中国に弱気の善意を示して強烈な悪意をもって報復されたことは、日本の政治家の未熟さを憐(あわ)れむだけで済むならいいが、国益を損なうこと甚大であり、許し難い。

 那覇地検が外交の領分に踏み込んだことは、多くの人が言う通り越権行為である。仙谷由人官房長官が指揮権発動をちらつかせて司法に圧力をかけた結果だ、と情報通がテレビで語っていた。それが事実なら、国家犯罪規模のスキャンダルである。検察官と官房長官を国会に証人喚問して、とことん追及することを要求する。

 ◆根本原因、占領政策にも

 日本の政治家に国家観念が乏しく、防衛と外交が三流にとどまる胸の痛むような現状は批判してもし過ぎることはないが、他方、ことここに至った根本原因は日米安保体制にあり、アメリカの、日本に攻撃能力を持たせまいとした占領以来の基本政策にある。

 講和条約作りを主導し、後に国務長官になるダレス氏は、アメリカが日本国内に基地を保持する所以(ゆえん)は、日本の自衛権に攻撃能力の発展を許さないためだ、と説明している。以来、自衛隊は専守防衛を義務づけられ、侵略に対してはアメリカの協力を待って排除に当たるとされ、独力で国を守る思想が育ってこなかった。日本に国防の独力をもっと与えようという流れと、与えまいとする流れとの2つがアメリカにはあって、日本は翻弄(ほんろう)され、方途を見失って今日に至っている体たらくを、中国にすっかり見抜かれている。

 しかし、アメリカも相当なものであり、尖閣の一件で、在日米軍の駐留経費の日本側負担(思いやり予算)を、大幅に増額させる方針を固めているという

 日本は米中の挟み撃ちに遭っているというのが、今回の一件である。アメリカに攻撃力の開発を抑えられたまま、中国に攻撃されだしたのである。後ろ手に縛られたまま、腹を足蹴(げ)りにされているようなものだ。そして、今、痛いと言ってうずくまっている姿、それがわが祖国なのだ。嗚呼(ああ)!(にしお かんじ)




西尾氏にはこの危機管理が外交であるといつも教えられる。
ピノコッペが西尾氏を知ったのは、この本からだ。

異なる悲劇 日本とドイツ (文春文庫)異なる悲劇 日本とドイツ (文春文庫)
(1997/10)
西尾 幹二

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この本は文庫本だから、1997年に出版されているのだが実際には1994年に出版されている。
一度、この本を電車の中に忘れてきてしまい、あわてて買い足した思い出深い本である。

先の戦争が敗戦という形で同じ悲劇だという事もあって、一緒に語られてきた。が、その内容は相当に違い、当時は『一部の軍部と政治家による戦争犯罪だから東京裁判があった』という定説が当たり前であったのだ。
その後、靖国神社の中に遊就館があって、パール判事のことを知るきっかけになったのだ。
戦後の歴史教育の変節を知る思いだったし、今も日本史よりも世界史が得意という若者が多いのもうなずける。
そこで、すぐに国連主義に行きがちであるが、この記事に示されるように『自国を自分たちで守る気がない国に誰も援助の手は差し伸べない』のである。安全保障とはそういうものなのである。(ここで言っておくが、だからすぐに『怖いー!怖いー!』と拳を上げようではないかというではないですよ。それじゃ、まるで先の戦争と同じになってしまいますよ!ご注意めされよ!)

今、10年前の竹島の問題が大きくクローズアップされているが、あの当時の一部の人たちは"あれは海上保安庁や防衛庁の予算分取りのためのデモンストレーション"とまで言ってのけていたのであるから嘆かわしやである。


保守の怒り (天皇・戦争・国家の行方)保守の怒り (天皇・戦争・国家の行方)
(2009/12/01)
西尾 幹二平田 文昭

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この夏はこの本を読んでみた。ちょっと遅い?
2009年に書かれているんだものね。でもね、いつも紹介している佐伯教授の"大転換"もこの年なんですよね。

ちなみに昨年夏は政権交代前という事もあってこの方のこんな本を読んでました。(笑)

脳力のレッスン―正気の時代のために脳力のレッスン―正気の時代のために
(2004/12)
寺島 実郎

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しかしこの国に生まれてくる子供たちの未来を考えると、暗澹たる気持ちになってしまうね。
資源が少ない中で、自由闊達なアイデアと卓越したOJTと技術力で世界に発言をしてきたのだが、その間に生じた歪さのためにきっとこれ以降は国力が下がって、その発言力も弱くなっていくだろう。
先に紹介した小野田さんのように"生き抜く力"を身に付けて欲しいと願うばかりである。

そして、与党になったという事もあって鼻息粗く、ここに吹き荒れる空気はいかんともしがたいね。"正気の時代"とはいかなるものなのかと思う今日この頃なのだ。


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D庭の中の自然

老眼鏡が合わなくなっていたから

老眼鏡が合わなくなっていたのと暑かったせいもあってこの夏はなかなか針が進まなかった。
そこで、昼間は暑いから外には出ないで、本を読む機会が多かったのだ。

前日紹介した山本 夏彦氏の本の数々もそうだが、たまたま"自然育児"という言葉から「あ、そう言えば小野田さん!」と思い、この本を読む機会を得た気がする。

小野田さんは昭和49年にルパング島から30年ぶりに生還をした日本兵として記憶に残っている方も多いと思う。
まだピノコッペにとっても昭和49年は子供で、汚いボロボロの軍服を着た人が返ってきたというくらいしか記憶になかった。なぜ、彼がそんなに長い間帰還することがなかったのか、またその後ブラジルへの移住は何故かなどは、時々断片的に聞くことがあったのだが、さして深くは考えてはいなかった。
だから、今頃になって…である。
しかし、近頃になって、カラダと向き合う、身体知を考えようとする時に何故かこの人の本を読んでみたいと思ったのだ。
それにしても10数年前は、脳について、神経細胞についてなどがベストセラーになっていたことを考えると流行というのは流れが早いと思うのはピノコッペだけだろうか。

涼しい脳味噌 (文春文庫)涼しい脳味噌 (文春文庫)
(1995/06)
養老 孟司

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話を元に戻そう。
小野田さんは昭和51年にブラジルに移住され、牧場経営をされる。その後、日本の子供たちに伝え残したい思いを財団法人 小野田自然塾を開いて伝えている。

実は一度だけ小野田さんを拝見する機会を得たことがあった。
ブラジルに移住されてからのことだと思うが、街を歩いていて突然に道を尋ねられたのが小野田さんご夫妻だった。奥様と一緒に仲睦まじく腕を組まれて歩いていかれる後姿が印象的で、あの眼光鋭い帰ってこられた当時の印象とは違っていた。が、こちらも何故か道を尋ねられた時に、背筋がピンと伸びる思いがしたのを覚えている。

君たち、どうする?君たち、どうする?
(2004/10/28)
小野田 寛郎

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この中でも、小野田さんがこの自然塾を立ち上げようと思ったきっかけは『たくましさがなくなった』ことだという。引きこもりや切れる子供たちは小野田さんから見た時に「たくましさ」がないのだという。
まァ、言い換えれば、民主主義が進めばいじめになり、自由主義が進めば引きこもりになるという事はその子自身と周りが芯を失っているからだといわざる得ないから今の子供たちの芯作りということになるのだろう。
ていねいにプログラムを紹介し、その時のマニュアル的ではない指導法が書かれているのが、小野田さんらしいとも思った。芯を作るというのは決してマニュアルで出来るものではない。
何もない環境の中で生活する事で子供たちは水を始とする自然の恩恵、友という社会の恩恵を実体験を通じて楽しみながら覚えて欲しいとそのことをこの本は投げかけているし、改めて人柄に感銘を受けた。

小野田寛郎の終わらない戦い小野田寛郎の終わらない戦い
(2005/07/28)
戸井 十月

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先の本の中でまだまだつかみきれないことがあったからもう一冊と思い、手に入れたのがこの本だ。
なぜ、わずか2年でブラジルへの移住をされたのか、その理由が書かれてあった。
その中では当時の時代風潮の中で小野田さんの居場所がなかったことと、日本に帰ってこられて人間たちが多数集まり社会・国家ともなれば【自然】と同じだと悟ったところにご苦労とやりきれなさを感じられたのだろうと思う。

そしてこの本の最後に著者の戸田氏が【人生をやり直せたら…】という質問に「どうせ自分の思うようには行かないのだから、時代、時代でしょうがないですよね。生まれてきた限りは死にたくはないから努力するしかない」82歳になられた小野田さんは答えられている。
そして長いインタビューを終えた戸田氏自身も「彼自身のことも、彼が生きた時代のことも殆んど何も知らないことを知った」と結んでいる。
"語られなかった時代"と共に何とムラ社会、社宅社会なのだと感じ、しょうがないと思うのと同時に元気をもらった今日この頃なのだ。

D夏彦さん、最高!

久々に山本 夏彦さんを読むようだった

うふふ、洒脱で、ユーモアたっぷりの山本夏彦さんのコラムと本の数々。
近頃読み返して、笑っていたのだけれど…。

山本夏彦さんといえば、週刊新潮での「夏彦の写真コラム」が有名で、編集者からは「何を書いてもかまわない」とまで言わせていたほどの作家である。

わらべ歌のこと、童話のこと、多岐に渡る見識はさすがというかなんというか。
また、『諸君!』も廃刊になってしまったこともあって、しこたま買い込んでいた本を読んでは楽しんでいたのだ。

山本夏彦氏の著書は人気が高くて、出版されている本も多いのだが、その中から何冊かご紹介しようと思う。

茶の間の正義 (中公文庫)茶の間の正義 (中公文庫)
(2003/08)
山本 夏彦

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最後の波の音 (文春文庫)最後の波の音 (文春文庫)
(2006/03/10)
山本 夏彦

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夏彦・七平の「十八番づくし」夏彦・七平の「十八番づくし」
(2008/12)
山本 夏彦山本 七平

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ちょうどそんな中で、昨日9月26日の"産経抄"が面白かった。
笑っちゃいました。
いやー、山本張りとまではなかなかいかないが…(失礼!)

そこで、ご紹介!

平成生まれのみなさんへ。長かったいくさが終わって、中国がぼくたちの「ともだち」だった時期がほんのひとときあったんです。つきあい始めたころには、白黒の珍獣を友情の印に贈ってくれ、上野動物園には長蛇の列ができました。

 ▼こんな愛くるしい動物のいる国はきっと、やさしい人たちが住んでいるんだろうな、とぼくたちは信じました。もちろん、いくさで死んだ兵隊さんを祭った神社に偉い人が参っても文句ひとついいませんでした。

 ▼しばらくして、「ともだち」は、神社へのお参りに難癖をつけ、ぼくたちが持っている島を「オレのものだ」と言い出しました。びっくりしましたが、トウ小平というおじさんが「次の世代は我々よりもっと知恵があるだろう」と言ってくれました。

 ▼でも小平おじさんは、本当は怖い人だったんです。「自由が欲しい」と広場に座り込んでいた若者たちが目障りになり、兵隊さんに鉄砲を撃たせ、多くの人を殺してしまいました。みんなはびっくりして「こんな野蛮人とはつきあえない」と村八分にしました。

 ▼それでもぼくたちは、みんなに「こいつは本当はいい奴(やつ)なんだよ」と口をきいてあげ、貧しかった彼には、いっぱいお金をあげたり、貸してあげたりしました。おかげで「ともだち」は、みるみるお金持ちになりました。

 ▼そのお金で「ともだち」は軍艦や戦闘機をいっぱい買い、今度はもっと大きな声で「この島はオレのものだ」と叫びました。「次の世代の知恵」とは、腕ずくで島を奪うことだったんです。パンダにだまされたぼくたちは浅はかでした。「次の世代」のみなさんは、もっともっと力をつけて真の友人をつくってください。お願いします。
2010.9.26産経新聞 産経抄より




何でも欲しがるお友達の性格も知らずに、こちらは"いい人"だと思っていたんだよね。
そしてこのお友達にいやな事をいう人は、全て悪者だったんだよね。自分の本来仲間の人にもこのお友達から教えてもらった難癖付けてね。



今更、騙されたとは言わないだろうけれど、それならば沖縄も付けて尖閣列島はお友達に、そして、以前、領海侵犯をしたとして仲間の猟師さんを殺されてもまだ目が覚めなかったんだから、北方4島ももう一人のお友達にあげちゃえばいいんじゃないかと思う今日この頃なのだ。あー、どんどんニーチェになっていく!
Dプロフィール

まきの しょうこ

Author:まきの しょうこ
http://tunagu-tumugu.com

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