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D漠然とした期待と確かな不安

毎回ためになります

毎回楽しみにしている産経新聞の"正論"。
中でも佐伯さんのご意見はうなることが多い。納得!同意!賛成!
参議院選挙が終了して、民主党の勝利とは言い難い状況になった。
鳩山政権から菅政権になって人気はV字回復をしたというのにである。

そもそも、ピノコッペにとって今回の消費税論議を始めようというのは唐突でも何でもない。でも、年金生活の高齢者や派遣労働者の失業者には生活へのダメージは大きい。だからこれまで、デフレスパイラルと言われてもなかなか踏み切れない実情が続いていたのではないのか。
論議を始めるのに遅いも早いもない。議論は始めれば良いのだが、それが参議院議員選挙の前に説明もなく議論を始める予告とは…。
これは自民党が出してきた論議をそのままいただこうとしたのだが、自民党石破氏がうまい事をいったなぁと思ったのが、『抱きつきおばけ!』
上手い!座布団5枚差し上げたい!
さすが、ゲゲゲの鬼太郎の生みの親、水木しげるさんのふるさとが選挙区!

では何故消費税を急に争点にあげたのか。
そこに逃げたのはこの参議院選挙後の9月の通常国会で提出されている法案の論点隠しだと思っている。
民主党が提出をした法案の中で、厄介だと思っている外国人地方参政権、夫婦別姓、人権救済、大量移民受け入れ……。

争点隠し、これは民主主義の根幹に関わる問題になる。
口で開かれた政治を言ってみたところで、選挙の時に口にしないというのではそれも信じられないという事になる。
これは今まで自分達が言ってきた事である。

ましてや、あの衆議院選挙の時と同じように、今回もマスコミは相撲協会の不祥事を延々と流し続けていた。
特に参議院は比例区があるのだから、どんな問題を各党が取り上げようとしているのかを候補者の紹介を充分にしてほしいところなのだが、それよりもはるかに多い時間を割いて相撲協会の報道をする必要があるのか、昨年の衆議院選挙と同様、かなり疑問。これも争点隠しをするためのものかとうがった見方をしてしまう。

そこで、菅政権が発足した当初に佐伯氏が"正論"に書かれていたことを思い出す。


菅内閣への「漠然とした期待」

 鳩山由紀夫首相が辞任し、菅直人新首相が就任した途端に民主党の支持率は急上昇した。20%前後だった内閣支持率も、1週間もたたない間に60%台半ばになった。一方、「支持しない」は、70%台半ばから20%台の半ばへと急落した。これほどの急激な変化はめずらしい。いずれにせよ民主党はこの勢いを追い風に一気に参議院選へ突入しようとしている。

 内閣支持率のこの急激な変化には2つの解釈が成り立つ。ひとつの解釈は次のようなものである。もともと鳩山政権の成立時の内閣支持率は70%を超えていたので、「民主党ブーム」はいまなお一貫して持続している。ただ、普天間飛行場移設問題で迷走した鳩山氏の政治手腕と小沢氏の「体質」に対する失望がたまたま低支持率になっていただけだ。この説からすれば、この急激な変動は特に驚くにはあたらないことになる。

 もうひとつの解釈は次のようなものである。今日の政治においては浮動層が著しく増大しており、その時々の政治的出来事や政治的イメージの変動によって世論は大きく左右される、というものだ。この説が正しければわれわれが目撃しているような支持率の大きな変動はそれ自体あまり望ましいことではない。なぜなら、いかなる政権も70%近くの高支持率を続けることはできない。これは菅氏であろうが誰であろうが同じことだ。そして、ひとたび支持率が低下すれば党内から内閣への不満が噴出し、それがさらに支持率を低下させるだろう。選挙がからめば、また首相交代という事態へと至るだろう。これも特に民主党の問題ではなく、すでに自民党で経験済みのことである。

 今回の支持率の急激な変化は明らかに後者であろう。もしも、民主党に対する潜在的な支持が一貫しているとすれば奇妙なことになってしまうからだ。というのも、鳩山氏の理想主義と菅氏の現実主義ではかなり政策の根本が異なり、菅氏はマニフェストにもほとんどこだわっていないように見えるし、政治主導や脱官僚政治も後退した。明らかに1年前の「民主党らしさ」は後退している。それにもかかわらず一貫した民主党支持が存在するのだとすれば、そもそものマニフェスト選挙や脱官僚主義とは一体何だったのか、ということになろう。

 では何がこの支持率の急変をもたらしているのか。菅氏にはまだとりたてて業績もない。民主党政権の8カ月は「失われた8カ月」とさえいわれている。とすれば、この支持率はただ将来への漠然たる期待だけということになろう。まだ実績のない人物とほとんど成果らしい成果を出していない政権政党にかくも過大な「期待」を寄せること自体が非常識でかつ不可思議なことというほかない。もっとも、もはや、「常識的」などという言葉が意味をもつ時代ではなくなったようで、不可思議なことなど日常化してはいるが。

 「将来に対する漠然とした期待」が政治をかくも動揺させる時代とは何なのであろうか。確かに近代社会は後ろを見るよりも前を見ることを圧倒的に好んできた。「プログレス(進歩)」や「プロジェクト(企画)」などという言葉に示されているように「プロ(前に)」を愛好してきた。

                   ◇

 「前をみる」ということは、本来は、前に何かをイメージできる、ということである。「進歩(プログレス)」にせよ、「企て(プロジェクト)」にせよ、「生み出す(プロジュース)」にせよ、一定の「手続き(プロセス)」を踏めば、前にあることがらが出現するのである。この場合には少なくとも、「前(プロ)」に来るものについてのイメージが与えられている。
 ところが、今日ではそのイメージが何もない。「進歩(プログレス)」についての確かな見通しもなければ、「企て(プロジェクト)」への確実な設計もない。進歩する将来の姿などといっても、誰も確かに思い描けるものはいないだろう。日本そのものが、もう確実に「進歩」する将来像を描けるような段階ではないのである。

 菅内閣の高支持率も、むしろ、将来への確かな姿も指針も示していないからこそ生まれている。ようするに「漠然とした期待」だけなのである。「期待」の中身は何かよくわからない。人々が菅氏に求めているものは何かと問うても確かな答えはでてこないだろう。むしろ、将来が漠然としているからこそ、可能性があるかのように思いたくなるのだ。

 こうした形の政治は著しく不安定にならざるを得ない。確実には「進歩」を実感できない時代にもかかわらず、人々は「前」に何かある、と期待する。「後ろ」に蓄積されたものを確認するより、性急に「前」に眼をこらそうとする。しかしこの期待はいずれ裏切られるだろう。この時代に、国民の多数に満足を与える政策など簡単に実現できるはずもないからだ。期待が漠然としている間はよいのだが、政策が実現されてゆくと、いずれ何らかの不満が出てくる。そして、この不満は政治にぶつけられ、内閣支持率や政党支持率の低下となってあらわれるだろう。

 この数年、われわれは多種多様の不満を政治にぶつけ、安倍内閣から今にいたるまで、1年足らずという短期の間に内閣支持率の急落を引き起こして、内閣を取り換えてきた。だが政治の不安定によってもっとも不利益をこうむるのは実は国民自身なのである。(さえき けいし)




『失われた10年』といわれたのは、バブル崩壊後の10年だがこのままでは30年となってしまうのではないのかと思う。

佐伯啓思氏の"大転換"をもう一度読み返してみたいと思う今日この頃なのだ。
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