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Dベルリンの壁崩壊と第三の波Vol.3追記

女性の敵は

かつて女性の地位向上のために初の参議院議員として活躍された加藤しずえさんが(加藤タキさんのお母上)「女性の敵は男性ではありません。女性の敵は古い偏見に満ちた考え方です。」とおっしゃっていたことがある。ピノコッペもこれに直面する時に『女性には表に出ると14人の敵がいるのだ!』といった事がある。男性であれば、「7人の敵」かもしれないが、その偏見との戦いは14人を敵にまわす覚悟が必要で、自分の考え方が受け入れられないかもしれない事が前提だ。わかりやすい表現で言えば「顧客満足度」とでも言いましょうか、"誰が喜んでくれているのか"を真摯に見つめていく純粋さが必要だと感じていた。これは本当に辛いんですよ。しかし、その態度がきっと男性にも女性にも受け入れられる、その時までただひたすら、凛とした態度が求められる事も大切だと思うのだ。勿論、やましい事がないのであればだけど…。それが、女性の品格って事なんではないのかと…。細かな事(離婚していちゃいけないとか、子供がいないのはいけないとか、結婚していないのはいけないとか、そんなことが女性のリーダーの資質でもなければ、人間として、リーダーとしの資質ではないですよ。それこそ、品格のない発言としか受け止めていないんですけど、どなたか反論ありますか?こうした発言をしている先輩女性がいるところでは、今の男女雇用機会の均等を支えられる職場になるとは思えないんですけどねぇ。)

イデオロギーは崩壊したが…

イデオロギーは確かに崩壊したのだが、「皆は1人の為に、1人は皆の為に」というのは決してイデオロギーではない。そう、ラグビーの合言葉なのだ。チームワークの中で1人が甘える事なく、全力を出すことは当たり前で、チーム勝利のための必然だ。そのために1人を大切にするなんてことは別に大した問題ではない。"個と全体"は相反する問題ではないのだ。チームと考えるかどうか、所属チームにロイヤリティーを感じるかどうかが難しいところだけどね。
だから、市場主義と言おうが、自由主義と言おうが資本主義と言おうがこれは当たり前のことで、この事を社会主義の崩壊と結びつける人がいるのは何ともレベルが悪いと思う。(共産主義は悪い!だから自由主義の個人を大切にする考えが良くて、個人が大切というのも同じだ。個人主義、ミーイズムとも言いますが、これもレベルが悪いよね。)だってお隣中国を見てみろ!資本主義はいけない。だから市場主義という言い方で経済発展をしているではないか。

パラダイムの変換

多くのリーダーが考えているのが、どのようにこの一人勝ちの時代、一方だけの時代を支えるのか、この考え方を志向&模索している。
ピノコッペはだからこそ、"パラダイムの変換"のためには歴史を利用するのが一番手っ取り早いと考えている。過去の賢人たち(過去はバカばかりって考えている方がいらっしゃるのであれば、それはねぇ…、)の方が今を生きている私たちよりもアイデアマンだったかもしれないと思う今日この頃なのだ。しかし、余談だけでも充分に長いねぇ、こりゃどうするかね。
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Dベルリンの壁崩壊と第三の波Vol.3

ガープの世界

まず50000アクセスを突破!本当に多くの人にこれほど何にもしない期間があったにも関わらず見てもらえている事に感謝!まぁ、出来るだけ歯に衣着せぬように、気が付いた事を気ままにつづっていこうと思うので気長に楽しんでみてください。

うねりは

もう一つのうねりの中にこの第三の波がもたらしたものは、"女性の自立"だ。
ちょうど1985年に翻訳発刊された同名小説"ガープの世界"はピノコッペにとってとても衝撃的だった。著者のアービング(ガープ)氏が描いた半自伝(?)だったこともそうだが、何と言っても女性問題をジェンダーという捕らえ方にした点でガープの母の生き方が面白かった。すでにこの頃からあるんですよねぇ、考え方というか生き方が。
ガープの世界〈上〉 ガープの世界〈上〉
筒井 正明、ジョン アーヴィング 他 (1988/10)
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国連憲章で1975年に国際女性年が採択されて、その後女性の社会進出は多くなったが、しかしまだまだそれは一部だった。日本ではつまらない事に"リブ運動"であり"主婦連"の動きになってしまい、思想の広がりにはならなかった。
戦後ということもあり、母1人で子供を育てながら家計を支える人が増えた。この頃の外で働く女性の合言葉は「仕事に家庭を持ち込まない。」だった。(余談だが、缶詰の食品が大いに使われるようになったのもこのことが背景にあったからだろう。今はもっと便利で美味しい冷凍食品が登場しているけどね。)
時代は進んで、ちょうどこの本が日本で出版された1986年時にようやく社会の中で女性が働く、組織の中で女性が認められる動きがでてきた。「男女雇用機会の均等法」で女性の仕事のあり方を二分した"総合職・一般職"である。総合職を目指す女性は、男性と同じように出張も残業も転勤も行うというものだ。女性も戦力と考えるのが一般的になった。システムは変わった。さらにコンピューターの登場によって、機械化が進む事によって大きな力が必要なくなったからだ。
洗濯だって洗濯機が…、掃除は掃除機が…。車の運転もオートマチック、パワーステアリングで軽い、軽い!
その上に、銃も軽くなった。飛行機だってオートマチックです。

過去の数少ないがしっかりと社会に植えつけてくれた女性先輩達が築いてくれた地盤は、多くの若い女性達が享受できるようになったのだ。ということは、ここで女性の側に"選択の自由"が始まったのだ。腰掛就職ではなく、就職もしっかりと考えて働く時代になった。個人の選択なのだ。社会の中にある風潮は"選択の中の一つの要素"でしかない。それに、今までの先輩も私たちも果敢に挑戦しようという"選択"が出来るようになったのだ。と言うことは、"個人の意思・意志"が女性に求められるということでもある。
しかし、核家族化が格段に進み、本来家族、家庭の中で大切だった「老人と子供の面倒」を誰が見るのか。このことが何も解決されないままに解放だけが一方的に進んだ。かつてあった家族の形態がつぶれて、女性の社会進出と同時に社会貢献のために大きな力を果たしてくれた先輩女性達(エリザベスサンダースホームの澤田女史、身体障害を持つ子供達の教育に大きな貢献をしてくれた滝野川学園の石井女史などなど)のご苦労と意志を思う。

まぁ、「女性セブンを持って志願する」(かつて学園闘争は"朝日ジャーナルと平凡パンチ"って言われたけど)という時代になるんだろうなと思う今日この頃なのだ。そうでなければ、かつての戦争で若い男子だけが特攻隊として死んでいった意味を思う時、そしてその母の気持ちを思う時、よい時代になった、時代が進んだ意味ないもんね。

まずは50000件突破の御礼まで

Dベルリンの壁崩壊と第三の波Vol.2追記

ここからが本題なんて言いながら

まったく画面の都合上、、新たな回を重ねる事になった。はぁ?、どこまで言っても、いつまで続く事やら…。というわけで今回も長い!長くなりそうです。ので、悪しからず。どうぞ昼寝はあちら!です。
落ちをつけるために、文字数カットしなくてはならなくなったので、今回はちゃんと書かなきゃね、言いたい事を…。

心の犯罪

密告の悪いところは「人を疑う。人を妬む。そして、人を愛さない。」家族ですらも信用なんて出来ない。いつ密告されるかとびくびくする事になる。だからオスマンサンコン氏が、「ヒソヒソ話」と称するのはこれだ。
ソ連の離婚率は高い。先進諸国の離婚率の高さとは内容が違う。一年も前から「今日は50個しか作らなくていい」というくらい計画経済で労働者優先の社会であるにもかかわらず、家族の元に帰っても安心して本音が言えるわけがない。恐ろしくて大きな声で夫婦喧嘩も出来ないのだ。また、疑心暗鬼の中では生産性の向上は挙がらない。何故なら、自分に能力があることが人に解かれば早速にそれは何故か、何がそうさせているのかを調べられてKGBだ。そして収容所へ…。
多くの人類にとって優秀な文学者や物理学者をこれで失った事は、周知の事実である。
そこで、先に紹介した故正垣 親一氏と翻訳家の片岡 みい子さんはヨーロッパのジャーナリストなどと一緒に海外から葉書を送る運動を始めた。数人ではない。多くの人から収容所の看守にはわからない文字で送られてくる。看守からひどい扱いを受けている収容所にいる人たちに毎日海外から届く葉書の束は何か?逆に何も聞かされてはいない看守にとって"ひょっとしてこの囚人は何かあるのではないか?そして釈放されることなれば…"と思わせることで手が緩むのではないか…そんな期待と希望をいだいての運動であった。お陰でソルジェニーツイン氏が生きて釈放されたのも御存知だと思う。彼らは誇らない!しかし、確実な運動を続けてきた事は確かで、そんなソ連の実情を正垣氏からを聞くたびに、「何とばかばかしい!しかし、何と日本に似てはいることか!」(今のいじめの問題もそんな組織の問題でしょ!学校とか…。しかし、リーダーの自己保身と自己欺瞞としか見えないんですけどね。)
日本では反共の精神はMRA活動(モラル・リアーマメント・アソシエイションの略で、道徳再武装機構と訳しています)が戦後活動としてやってきている。
この運動が、もっと大きなうねりになる事を願わずにいられないし、さらに日本でも、失った心をもう取り戻せないところまできているほどになっていないことと、徹底したスピークアップの制度をコンプライアンスと共に進められることを願わずにはいられないと思う今日この頃なのだ。しかしまだ、書ききれないのは何だろうね。
また、薬害肝炎のように「言わせろ」「蓋をしろ」というほど、悪質でない事を願わずにはいられないけどね。

Dベルリンの壁崩壊と第3の波Vol.1

何を今更!

何を今更、一体いつの話をしているのか?と思われる御仁も多いのではないかと思う。今回はちょっと長い!長いから昼寝したい人には不向きです。悪しからず。
ここで念のためにベルリンの壁崩壊は1989年11月9日に突然東ドイツが規制緩和に乗り出して、実質東西が自由に行き来できるようになり、人と物の自由化が進んだ。喜んだ東西ベルリンの人たちによりこの壁が取り壊されたシーンが全世界のニュースになった。これで、共産主義というものが崩壊したという象徴でもあった。しかし、人間の中に植え込まれた生活のパターンは早々変更できるものではない。
まずその後、東欧、ソ連を巻き込んだ経済の混乱は生活のパターンをまずは大きく変えることなった。庶民にとってはハイパーインフレという形で…。
思想的(イデオロギー)の片一方が崩壊したのである。ようやく何とか世界的には二極対立という形でお商売仲間として成立していた関係であったが、その一方が"情報公開という圧力"に屈したのだ。マーガレッテサッチャーもこのことを感慨深げに話をしていた。ゴルバチョフとの会談で"商売のできる人"と称したのは、情報公開を意味していた。情報は金になる!ということを話したのだ。まずはチェルノブイリのソ連における現状を話そうと…。この情報と引き換えに欧州からの経済支援を取り付けたのは有名な話だ。
だから、住所や氏名、電話番号、履歴が金になるなんていうのは当たり前の事かもしれないね。犯罪だけどね。
ピノコッペはこの以前にロシア問題のに詳しい故正垣 親一氏に出会っていた。この話についてはまた別の機会で取り上げたいと思う。

もう一つの軸は

1985年に発売された未来学者アルビントフラー氏の著書「第三の波」。爆発的なベストセラーで読んでいないビジネスマンはいないとまで言われた。そして、NHKでもこのトフラー氏がいう「第三の波」を各国を渡りドキュメンタリー形式で紹介された。

トフラー氏は第三の波は脱産業社会であると言った。トフラーは1950年代末にはこれを言いはじめ、多くの国が第二の波から第三の波に乗り換えつつあるとした。彼は、それを説明する造語をたくさん作り、他の人々が発明した情報化時代のような造語にも言及した。
この脱工業化社会の中では、ライフスタイル(「サブカルト」)は様々である。「アドホクラシー」(例えば流体のように変化するウィキペディアコミュニティのようなもの)は迅速に変化に適応する。情報は物理的資源の大部分を代替することでき、緩やかに関係している労働者(proletarian の代わりに cognitarian と呼ぶ)に供される主要な材料となる。「マスカスタマイゼーション」は安価で個性のある製品をある特定のニッチに対して提供する(ジャストインタイム生産システムを参照)。生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマー)のギャップは技術によって埋められるとした。
「ウィキペディアより」
この他にも、生産者であり消費者でもある両方の性質持つ人を"プロシューマー"という造語も誕生したほどだ。

話を元に戻すと…

この第三の波はどんな風にこの現社会の中で表現されたかと言うと、もちろんこのIT。2000年前後はこの言葉に右往左往するということになっていたし、爆発的に携帯電話が普及したのもそれだ。
さてそれから時間は進んだ。パソコンは当たり前になって、インターネットを駆使したサービスが続々と出てきた。これも何を今更かもしれない。楽天があるではないかと思われる方もいるのだろう。
しかしここに来て、実店舗を持つイトーヨーカドーですらも"ネットスーパー"として首都圏を中心に8月から宅配を開始した。謳い文句は"会社のパソコンで購入、御自宅に着いたら早速お料理"である。働くママさんたちには嬉しいサービスではないか。それも毎日である。
新聞広告の商品ですらもその日にネット購入、配達する仕組みになっていて、ネットチラシ上は"国産牛切り落とし 200g/¥798"と表示され、2個購入したが、実際は店舗で売られているパックを運んでくれるために100g/398円のお肉で228gと203gと表示されたお肉が運ばれてきたが、商品もとてもきれいなものを選んできてくれている。
"便利さ"だけを追求する訳ではない。それを選ぶのに"何を求めたのか!"をはっきりと言い、"何に満足してもらえるのか!"を答えられることと思う今日この頃なのだ。

D京都老舗展に行ってきた

京都はええなぁ!

若い頃から寺好きだったピノコッペはよく寺見物に出かけた。何とも年寄りじみたと思われるかもしれないが、その周りにある店の数々も立ち寄り場所として興味があった。細かな小物に込められた遊び心と匠の数々を手にとっては感心して帰ってきたものだが、やはり年端がいかないと言うことは見つけるものも限られてしまう。
舞妓さんが使う筆の数々や化粧品には興味があっても、調理道具や裁縫まではなかなか関心がいかなくて、その良さを味わうところまではいかなかった。

今回の老舗展は

千葉そごうで行われているのだが、ピノコッペが大好きなお店が出展していることもあって日参した。
まずは"香の松栄堂"この店は特別展がなくても出店をしているほどファンが多い。
ここのお香はもう20年近く前から好んで使っていて、特にローヤルというシリーズのローズという香が気に入っていて、気が向いたり、あるいは家の中の臭いが気になったりすると香を焚いている。お香の煙は粒子が細かいので付着するとなかなか臭いが抜けない。だから、平安の頃は着物に焚き染めて防虫効果と消臭効果、また香水の役割を果たしていたのだという。この松栄堂のお香は"はんなり"としていて特に京都らしいと思う。やはり江戸のものとは一味違う。
ちょうど衣替えの季節ということもあって衣装用の匂い袋と共に香を楽しんでみようと思った。
次にやはり食い意地が満足できるもの。"にしんそばの松葉"この店が出展しているのを見つけるのは久々だ。この店は京都では有名で、柔らかく甘辛く炊いたにしんがそばの上ではなく、下に敷かれいる。白い更科そばで、そばは少し太めだが、薄口の醤油をつかった汁で楽しむために邪魔をしない。これも満足!
そして、あられの数々。京都のあられはどちらかと言うとお米の味を楽しむもので味は薄い。が、ただ甘いとかただ辛いではない。最初は少し甘いのだが、最後に山椒と香りとピリッがきて大人の味になっている。
最後に俵屋吉富の雲竜
この和菓子は知っている人も多いと思うのだが、今回京都店でしか扱っていない栗の入った限定版と黒糖雲竜がでていたので早速お味見。関西に帰ってもなかなか京都まで足を伸ばす事が出来なくなっているので、ここで購入できたのはラッキー!
実は子供の頃、この雲竜を京都の知り合いの方がお使い物で下さった時余りの美味しさに一本丸々独り占めして食べてしまいお目玉を食らった事がある。大きめだがやはりちょっとお高いかしら?
この甘さも控え目で、さすがに茶道の本拠地に店を構えるだけのことはあって、他の味を殺さない。"はんなり""ほんのり"と甘いのだ。

大人の文化

京都のあれこれを見ていると、子供の時には先に言ったように気が付かないものが、歳をとって色々な事がわかってくると「なるほど…」と思う創意と工夫を見つけて楽しくなる。過ぎし人たちが気が付き、改良を重ね使い込む、それをまた改良する。これこそが伝統につながっているのだとつくづく思う。それは些細な改良や工夫かもしれないのだが、それが次へとつながる。もしもそれが間違った方へ行っているのであれば戻ればいいのだ。そのあくなき挑戦が京都を支えているのだなぁとつくづく感じた今日この頃なのだ。そうだ!京都に行こう!

D舞茸、美味しかったよ!

ご近所から

御近所の人が旅行に行って来た。お土産に箱いっぱいの秋の味覚、舞茸を持ってきてくれた。こんなに???舞茸を食べる???どうしよう。
牛肉と愛称がいいか?中華にする。天ぷらとか確か秋田のきりたんぽは舞茸とごぼうと鶏肉だったか考えたのだが、結局すき焼きにすることにした。
美味しい!確かに牛肉に合うし、甘辛い味付けが舞茸に合ってその上にコクが出て美味しいかった。はっきり言って舞茸を見直した。椎茸も入れず、入れたのは焼豆腐と糸こんにゃく、ネギ、水菜、これだけ!ごぼうも入れればよかったかと…。しかしこれ以上のコクが出るのも牛肉の味が消えるのではと思うほどだった。

舞茸は

舞茸は色が黒くなるから、余り料理に使わなかった。醤油で色が黒いのだから、少々と思うかもしれないが関西人のピノコッペにはどうしても使い勝手がわからなかったのだ。黒い色を薄くするために一度茹でてからという料理番組があったが、これでは香りが飛んで美味しくなかった。それ以後、舞茸を使う量はかなり限られていたのだが、今回からはすき焼きにはたっぷりの舞茸と共にお肉を味わおうと思った。本当にいいお土産をいただいたと思う今日この頃なのだ。

D急に寒くなったね

寒暖差が激しい?!

急に肌寒くなって何だか体調が悪い!いつもの、毎年の事なんだけど夏の終わりに"胃痛"が起こるので今年は早目に医者に行ったら、まだ胃腸が弱い時ではなかったらしく何ともなかった。(今年はその頃でも暑かったから??)しかしその後気温が下がるにつれて、やはり胃痛が起こった。夏の疲れらしい…。そこでこの時期になると欲しくなるのが"うどん"

恐るべし讃岐うどん

このネーミングで売られているうどんがあるのだけれど、ピノコッペのお薦めうどんは"三野製麺所の乾燥うどん"
http://www.minoseimen.co.jp/
小麦粉と塩で出来ていて、食品添加物を一切使用していないので高速乾燥させているのだが、何と25分も茹で上げないと釜揚げうどんが出来上がらない。それでも、大阪うどんのように柔らかいわけではなく、硬めのアルデンテ状態。よく噛んで食べる讃岐独特のうどんのもっちり感。鍋の最後に入れるにしても軽く15分くらい茹でてから入れる位でちょうどいい。
子供の頃に四国の高松を訪れた時に食べた讃岐うどんは確かに硬かった。子供言葉で"ツルツル"などという異名をとる大阪のうどんとは違うのだ。また、昨今の冷凍讃岐うどんとも違う。もっと腰があって手強いぞとうどんが主張している。
それにこのうどんに粉出汁ではあるが、二玉に一つ付いてくる出汁があって心配りというか、届いてすぐに美味しいうどんを食べてもらおうという、そんなものを感じてしまう。感謝!中国からうどんを持ち帰ったという弘法大師の心配りなんでしょうかね。

讃岐うどんってブランド名でしょ!

讃岐うどんには、香川のものと高松のものがあるらしいが、そんなものはっきり言ってどっちだっていいじゃあない。香川県の県庁所在地が高松市なんだから他県の者にとっちゃ、どっちだっていいはず!だ。もしもこだわるとするなら、醤油の出来不出来(失礼!)って所か????何でそんな線引きをするのかがわからないんだなぁ。これじゃどこぞの帆布屋さんのお家騒動と変わらないではないか!まだカバンの方が意匠登録が関係あるからお家騒動もわかろうという物だけど…。そんなこと考えていたら、また胃が痛くなってきた!だからね、香川うどんとか高松うどんなんて器量の狭い事を言わないで、美味しいおうどんを届けてねと思う今日この頃なのだ。
Dプロフィール

まきの しょうこ

Author:まきの しょうこ
http://tunagu-tumugu.com

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