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Dすっかりお鍋の美味しい季節

お鍋の美味しい季節になったね

昼の温度もかなり下がって、昨日や今日などはかなり寒いからお鍋が美味しい。これといって浮かぶメニューがないと、「お鍋にしよう」って安直に出来ちゃうから楽!このラクチンさがお鍋のいいところだ。お味も味噌、しょうゆ、塩と具によって変えれば何とかなる。テーブルコンロ用のボンベさえ切らさなければ、すぐに出来ちゃう。今年は白菜と大根が豊作だから、うれしい限り!
その上に今年は美味しいお鍋ネタを見つけた。

"寺尾のちゃんこ鍋"

早稲田にある"寺尾"のお店には行った事はないけれど、美味しい店で評判だった。ちゃんこ鍋以外でも美味しいものが多くて、季節を問わずお店に立ち寄る人が多いと聞いている。その店が売り出したちゃんこ鍋なのだから美味しいだろうと購入したのだ。
鶏肉と鶏団子、豚肉が具材として入っていて、特製味噌がついている。後はお野菜を入れてお鍋の完成なのだが、この味噌がちょっと変わっていて、白味噌仕立てで美味しい。中についている豚肉は、確かにいいのだが、ちょっと脂が強くなるのでこれは別の鍋に使うようにして、勿論残りの具材だけでも美味しいのだが、そこに牡蠣やイカを入れて我が家流にして楽しんでいる。具材そのものが冷凍でくるからこれも使いやすさの秘訣だ。上手さの秘訣は鶏団子!軟骨が刻んであってこりこり感があるし、さっぱりとしているのは何故だろう?ピノコッペが作る時は鶏団子に刻んだゆず皮を入れることにしていて、これは醤油ベースの時には香りが出て美味しいのだが、軟骨を刻んでいないからなのかあの旨味はでない。お鍋の楽しみといえばもう一つ、ピノコッペが欠かせないお野菜は白菜、ネギ、椎茸などの定番野菜は勿論だが、もやしを必ず用意する。入れたらすぐに食べるって感じで、シャキシャキ感を残しておくとともかく美味しい。後ちょっと変わったところでは、ささがきごぼう、せりを入れる。お味噌だと味がまろやかになる。最後の仕上げにおうどんを入れて、翌朝はおじやで全部いただきました。お野菜の旨味が充分に出ていて、体も充分に暖まった上に栄養も充分!簡単に出来るから、やっぱりこれが一番って思う今日この頃なのだ。
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Dあれまぁ?!

今度のご指摘は…

今度は『インド的品格が無抵抗主義なんだよ。やたら世界の警察を気取ってミサイルぶっ放す国に品格は無いと、藤原さんは仰っているのだ。
インド的無抵抗主義と品格は一致しているではないか』と言うご指摘があった。そこで品格とは何かって考えようって思った。

品格の反対は

大好きな鬼平犯科帳の中にこんな話がある。
まだ、おまさが鬼平の密偵になる前の話だ。
今まで盗人の引き込みとして働いてきたおまさだが、初恋の鬼平の役に立ちたいと無頼の浪人たちが強盗をはたらくということを聞き込んで、その聞き込みに励んでいる中捕らえられてしまう。犯されようとするおまさの下に鬼平が飛び込んでくる。静かな声で「貴様ら外道の刀でこの女の色が切れるか!」と恫喝する。(『よっ!中村屋!』『待ってました、吉様!』)
品格の反対は外道だと思うのだ。下品とか下劣とかではなく、『外道』ということになる。鬼平犯科帳が教えてくれるのが、これだ。盗人にも掟があって、これを守っている盗人のお頭については鬼平も寛大であった。この掟がなかなかに難しいからだ。その中に女を犯すことや人を殺す事については厳しく戒めているし、盗まれて難儀するものについても禁止している。だから、人を殺してみたり、女を犯してみたりする者については「切り捨ててかまわぬ!」と…。

いじめをなくそう!

無くなりっこない事を前提に理想を云うのは簡単だ。自然に生きている猿にだっていじめは存在する。子供の世界は自然と同じで、違う事を見つける。だから、いじめが存在するのだ。しかし、それを食い止めるのは大人としての"理性""知性""教え"だ。先のご指摘のとおり、世界の警察を自分で任じながら、その方法がミサイル!その上に世界で最も貧しい国や人に対してである。それを戒める事もなく、それに追従しているって事はいじめを見てみぬふりをしている周りの子供と同じではないか。「いじめを見たら、見つけたら大人に相談するように…」なんて言ってみた所で、その実自分たちの心がけは???である。鬼平のように"それは勉強が出来るとか出来ないとか、損とか得の問題ではなく、外道のすることなのだ!"と。
そして、"一人"って事も大事なのだ。勿論、誰かが居てくれるのは心強いし、楽しいだろう。喧嘩は相手があるから出来る。しかし、その相手がいる有難さは、一人が理解出来てこそなのだということを考えさせられる今日この頃なのだ。

D本当にご無沙汰してしまって…

すごくご無沙汰をしてしまって

何と一ヶ月もご無沙汰をしてしまったんだけど、何があった訳でもなく、ただちょっと前半は刺繍の作品に没頭していて、その後は続く自殺の問題や未履修問題、何だか日々ニュースが頭の上を通過していくって感じになっていただけでして…。その後、このブログを読んでいる友人からある指摘があって、「う?ん!」と唸ってしまった次第でした。

ご指摘は…

日々のあれこれをこんな風に受け止めているんだけどって思いながら、書き留めているのだが、友人からのご指摘は『国家の品格に御もっともって頷きながら、次にガンジーが出てくるのは極論から極論で、何を考えているのか解からない。』って言うご指摘でした。
藤原先生の確かに国家の品格を読んで、『御もっとも!』って思いながら、ではその後、自分は何が出来るんだろうかって冷静に考えることがある人は、更にそのアクションプランが立つ人がどれだけいるのだろうか?特に目まぐるしいほど日々のニュースが飛び込んでくるとまとまった考え方が出来るはずがない。その上に考え方(思想)である藤原先生のご意見は、突き詰めて言うと"覚悟"の問題だ。イタリア風に言えば、"パンを売って銃を買う"か否か、である。今の日本は、これにも値しなくて、パンも銃も買わなければならない事が、相当にこの覚悟を決めさせるのには厳しい現実である事は否めない。
穀物ベースでは28%の自給率、全体の自給率をとっても40%にしか満たないからだ。ならば、ピノコッペは覚悟を決めてガンジーのように無抵抗主義になる方が良いと思っている。

「主義」になると

しかし、「主義」ということにはかなりの疑問を感じる。環境の事や支給率の事や防衛の事など"これだ!"と言う言葉にはかなり嘘を感じてしまうのはピノコッペだけ?そんなに広い事を"点"にまとめる事が出来るのか。言ってみれば「論理の矛盾」を感じるのだ。だから、『私は…主義です』と言われると途端にひいてしまうし、矛盾を探したくなるのだ。かなりへそ曲がりな性格だと思う。人間は良い事と悪い事の間をうろうろしながら、その事を喜びながら、反省しながら生きているのが人間らしいのではないのかと思う今日この頃なのだ。
Dプロフィール

まきの しょうこ

Author:まきの しょうこ
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